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見果てぬ贄を追い尽くす。 其の五

By ◆uTOLf/hIyAMay 13, 202612 views
運命は正しく人 いや、万物を導く。

しかして、その運命が都合に従うとも限らない。

試す?いいや、違うよ。これはね───

──────────────────

夕闇が世界を塗り潰すよりも早く、山嶺の向こう側が不吉な紅に染まっていた。
それは黄昏の残照ではない。空気を焼くほどではないにせよ、
そこに在るだけで命の輪郭を削り取るような、呪わしい業火の照り返し。

「診空、下がってて。ここは俺が行く」

空劇の声は、風に溶けるほど静かだった。
だが、その瞳に宿る光は、山間に隠された建造物を、
そしてその中心で待つそれを冷徹に捉えていた。

「お兄ちゃん……でも……」

「……大丈夫。面倒なことには、早めに蓋をしてしまいたいだけだから」

空劇は診空の言葉を遮るように、静かに高度を下げる。
目的地は、人里離れた山の裏。地図にも記されないその廃墟は、
八空が用意した特別な舞台としての静謐を保っていた。

そこに立っていたのは、通常のエネミーのようなものではなかった。
古びた和装に身を包み、腰に一振りの打刀を差した、影のような人形。
それが鞘を払った瞬間、刃の先から爆ぜたのは、陽炎のごとき紅蓮の炎。

「……面倒だね」

空劇が呟くと同時に、世界が動いた。

◇◇◇

金属音さえ置き去りにする、鋭い抜刀。
和装の影が地を蹴り、一瞬で空劇の懐へと潜り込む。
炎を纏った刃が、蛇のような軌跡を描いて空劇の首筋を狙った。

だが、空劇は視線を逸らさない。
ゆっくりと、後ろから迫っていた刀身を、背後から旋回させた羽一枚で止めながら話す。

「運命は、いつも俺達を正解へ導く。」


鼓膜を劈くような硬質な音が響く。
羽と刃が触れ合う場所で、火花と光の粒子が散る。

硬質化による鍔迫り合い。
通常なら、この炎を纏う刃と打ち合えるほどの強度をこの羽は持ち合わせていない。
しかし、空劇の意識は今、限界を超えられるほどに集中していた。

「お兄ちゃんに、あんまり熱い思いはさせないでくれるかな」

不意に、横合いから鋭い風が吹き抜ける。
診空だ。兄が正確に打ち合う時、彼女は死角からの強襲を選んでいた。

「燃やすなんて、とんでもないよね。……お兄ちゃんの翼が焦げちゃうじゃん」

診空の翼が、風を切る音と共にしなり、炎の剣士を弾き飛ばす。
着地した剣士は、感情の読めない面の下で、再び刀を正眼に構えた。

「診空……」

下がって、と言いかけたその時。

「わかってるよ、お兄ちゃん。でも、私だってエネミー狩りだもん。」
「私が通ってるのはアレみたいな剣道なんて綺麗なものじゃなくて、外道なんだよ。」
「……邪魔なものは、毟り取って、叩き潰す。そうでしょ?」

にこりと、戦場に不似合いな純粋な笑顔を浮かべる診空。
その背後の翼は、すでに獲物を逃がさないための檻のように広げられていた。

◇◇◇

空劇は小さく息を吐き、再び『ぼうえんきょう座』のピントを合わせる。
普通の戦闘中なら隙ができる致命的な手段。だが、今は違う。
敵の呼吸。炎の揺らぎ。刀身に宿る熱の偏り。
その全てが、まるで楽譜を読むかのように克明に理解できた。

決して油断はしない。
相手は八空がこの瞬間のために用意した、空劇を試すための試金石だろう。
その剣技の一振りに込められた質量は、先ほどのエネミーたちとは比較にならない。

「行くよ、診空。……正解への道筋は、俺が見せる」

空劇が指先を掲げると同時に、百の光跡が空中を埋め尽くした。
炎を纏う影と、光を背負う兄妹。
隠された山間の廃墟を、夜を拒絶するような熾烈な閃光が包み込もうとしていた。



廃墟を埋め尽くす光の礫が、紅蓮の炎と激突し、大気が悲鳴を上げる。
空劇の翼から放たれる【百翼軌跡】の一撃一撃は、星座異能によって導き出された
最適解へと吸い込まれていく。だが、相手のエネミーもまた、異能の産物。
物理法則を無視した抜刀術で、降り注ぐ光を次々と叩き落としていく。

「……ッ、まだ止まらないか」

空劇の右目に、刺すような痛みが走る。
『ぼうえんきょう座』の連続起動による負荷。
網膜が焼き付くような感覚に耐えながら、次の数秒先を見通す。

炎の剣士が、その場で独楽のように回転し、円を描くような横凪の一閃を放つ。
放たれた炎の波動が、廃墟のコンクリートの柱をバターのように易々と両断した。

「させないって、言ってるでしょ!」

診空が地を蹴り、その波動の直上を翼の推進力で飛び越える。
彼女の戦い方は、空劇の精密射撃とは対照的な、文字通りの『外道』。
型もなければ、慈悲もない。診空は空中で不自然に体を捻ると、
硬質化させた翼の端を、剣士の肩口へと鎌のように叩きつけた。

人形が初めて、明らかなダメージを受けたようによろめく。
炎の剣士が体勢を崩したその瞬間を、空劇の瞳は見逃さなかった。

(今だ。運命の針が、重なった)

俺は視界の痛みを精神力でねじ伏せ、全ての羽を一点に集約させる。
それは、数による蹂躙ではなく、針の穴を通すような一点突破の極致。

「診空、そのままずらさないで……。終わらせる」

「了解っ! お兄ちゃん、いっけぇーーー!」

診空が翼で剣士の腕を絡め取り、一瞬の硬直を生み出す。
炎が診空の翼を舐め、焦げるような臭いが漂うが、彼女は「にへら」と笑ったままその拘束を解かない。兄を信じ、勝利を疑わないその無垢な狂気が、勝利への扉をこじ開けた。

空劇の指先から、これまでにない密度の光跡が一本の槍となって放たれる。

「……消えて、その業火ごと。」

名をつけるのなら───【空葬之王】とでもつけるだろうか。
一瞬の静寂の後、爆発的な光が廃墟を満たし、紅蓮の炎を白い輝きが飲み込んでいく。

◇◇◇

光が収まった時、そこにはただの、ボロボロになった和装の切れ端だけが転がっていた。
山間に漂っていた不吉な熱気は霧散し、代わりに心地よい夜風が、
戦いの熱を冷ますように吹き抜けていく。

「はぁ……はぁ……。お兄ちゃん、やったね!」

診空が端が少し焦げた翼をパタパタと動かしながら、俺に駆け寄ってくる。
俺は充血した右目を押さえながら、小さく息を吐いた。

「あぁ。……酷い目にあったね。診空、翼の怪我、見せて」

「大丈夫だよ、これくらいすぐ回復できる! それよりお兄ちゃん、目が真っ赤……」

心配そうに顔を覗き込んでくる診空。
その時、どこからともなく、拍手の音が聞こえてきた。

『素晴らしいね、実に。期待通りの正解を見せてくれた。
……俺の用意した贄は、美味しかったかな?』

八空の声。
空劇は振り返らず、ただ視界の端に映る、崩れ落ちた廃墟の残骸を見つめていた。

「……味なんて、しなかったよ。ただ、不快だっただけだ。
次があるなら、もっとマシなデザートを用意してほしいね」

『はは、手厳しいな。ま、後味が悪いのは確かに嫌か。
でも、今の君なら……その「先」へ行ける。世界の導きは、まだ始まったばかりだよ。』

自分のことを世界とでも言うつもりだろうか、そんなことを口走る。
俺が口を挟もうとすると声が遠ざかり、

今度こそ山に静寂が戻った。俺は診空の肩を抱き寄せ、夜空を仰ぐ。
旅行気分はすっかり台無しだが、手に馴染んだこの新しい力の感触だけは、
冷徹に俺の内に残り続けていた。

「帰ろうか、診空。……まだ、明日の観光予定は残ってるんだから」

「うん! 明日は美味しいもの、いっぱい食べようね、お兄ちゃん!」

二人の翼が、静かな月光に照らされながら、
今度こそ本当の休息を求めて夜の闇へと消えていった。

─────────────メメタァァァァァァァ──────────────
・【空葬之王】の読み仮名は【ホルス・グレイヴ】です
・これで多分終わり⋯とでも思いましたか?蛇足があるので読んでね
・エネミーに名前をつけるなら「隠焔」ですかね
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