ここは、泣く子も黙る中央トレセン学園。
全国から我こそが最速であると挑み、そして敗れ去っていく蠱毒場。その中でもほんのわずかな、ごく一部の怪物どもが喰らい合う地獄が今日も始まろうと…
「ま・た・あ・な・た・で・す・かぁ〜!!!」
始まらないみたいですね(諦)。
「この1週間大人しくしていると思っていたら…!またイチさんにセクハラするなんて!しかも副会長殿を巻き込んで!」
「HA☆NA☆SE!!!私の予測成長曲線だとイチちゃんのバストは間違いなく成長しているんだ!それこそB90という圧倒的な脅威の胸囲を誇る女帝にも劣らな…」
「天誅!!!」
「ぐあああああ!!!」
往来の場で生徒会副会長『エアグルーヴ』のバストサイズを叫ぶど変態ウマ娘を、風気委員『オマワリサン』が腕ひしぎ十字固めを極めて制圧する様は、最早トレセン学園の風物詩と化している。セクハラされるこちらとしては、そろそろ寮の地下牢にぶち込んで貰いたいところだけども、ドリームジャーニー謹製の特製鉄格子牢から脱獄した実績がある以上無意味かしらね。私の隣で頭を抑えて顰めっ面になっているエアグルーヴ先輩を尻目に私は粛々と奴を粛正する為に園芸用の大型シャベルを片手に奴の側まで歩いて行く。
「あ、アンカー先輩!お疲れ様です!」
「ん、お疲れ。いつも大変ね、こんな変態の相手させられて…」
「あぁ、いえ…何だかもう慣れてしまいましたので…えいっ」
「あああああ!!!折れる!腕が折れる〜!」
悲鳴を上げる変態を無視して後輩を労う。
本人は慣れたって言ってるけど、あんまり慣れちゃダメな類だと思う。ゴールドシップ先輩は巫山戯ても良いか悪いかのTPOがしっかりしているから問題ないけど、コイツはTPOが辞書に載っていない様で、副会長の相談事の真っ最中にギリースーツに双眼鏡というガチ装備でこちらのバストサイズを計測していたのだ。呆れと恐怖を通り越して最早感心の域に到達してしまっている。
今日は生憎といつものダートコースはJDDの追い切りで満員状態なので、とりあえず理事長が作った畑へとこの変態を連行するべく、私とオマワリサンで簀巻きにする。畑へ運んだ後は…まぁ、肥やしにでもしようかしら。
───⏰───
「あ、あの〜?私これからどこに連れて行かれるんですか?ダートコースは反対ですけど…」
「ん?あぁ、今はJDDの追い込みで使用中だから、畑の肥やしにしようかなって」
「なるほど〜、そういえばJDDまであと2週間だもんね。そりゃダートウマ娘はみんな使ってるか…え?私これから肥やしになるの?マジで?」
肥やしになるものかと暴れ始めた変態をオマワリサンと2人で力尽くで引き摺りながら目的の畑へと到着した。この畑は数ヶ月前に理事長が食育レベル100みたいな豊食祭の為に用意したものだ。ここに植えられた野菜はなぜか1月程で収穫が可能という食料問題に真っ向から喧嘩を売っているシロモノだが、馬鹿みたいな量のニンニクと唐辛子を嬉々として喰らうウマ娘達の様と言ったら…思い出したくない。
しかし今日は先約がいる様だ。
頭以外全て埋められているせいで新手のゆっくり饅頭になっている天才『マヤノトップガン』と『トウカイテイオー』がいた。
何がどうしてそうなったのかは非常に気になるが、大方好き嫌いしてヒシアマゾン先輩かフジキセキ先輩に晒し首の刑にされたのだろう、南無。
「むむむ、野菜の気持ち…なんかひんやりしてて気持ちいい…む?あ、イッチじゃん!どうしたのさーこんな所に」
「むむむ、人参…マヤは人参…あ!イチ先輩!何でこんな所に来たのー?今日は当番じゃなかったよね?」
「うん、それはこっちのセリフなんだけど突っ込むだけ無駄な気がするからスルーするね。あとこんな所は理事長に失礼だからね?」
あの人このプロジェクトの為に文字通り命を削ってたのだから、こんな所呼ばわりはあんまりにもあんまりじゃないかしら。
この2人が埋められた経緯は兎も角、さっさとこの変態を埋めねばと2人の隣に穴を掘り始める。
「オマワリサンや」
「何でありますか?断っておきますが、本官のスリーサイズは教えませんからね」
「それはもう気になりますけどもね、今こうやって何の抵抗も出来ないまま、こうして自分の墓穴をイチちゃん自ら掘ってくれてるのってこう…クるものがあるなって…へへっ照れますね」
「…貴女にはもう、何も言えません」
ダートより遥かに掘りやすかったため、1人でも10分程度でできた穴に変態を格納する。どうせ埋めたところで2時間後には木の上でウマ娘ウォッチングをしているだろうけど…まぁいいでしょう。その間に彼女のチームトレーナーに報告して扱いてもらえばいいかしら。
フグ毒を抜いている2人はそのうち収穫されるだろうから、私たちはトレーニングに戻ってもいいかな。いいか。
…ところで、何でコイツは埋められてんのに光悦とした顔をしているのかしら。まさかMなの?だとしたら対応策をステゴ組と一緒に考えなくちゃいけないわね。
「ふぅーっ、一先ずはこれでヨシ」
「お疲れ様でした。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「いいのいいの。副会長にはこっちで話しておくから、マワリンは先に戻ってて」
「ありがとうございます。では、本官はこれにて」
オマワリサンを見送り、私は副会長の元へ向かう。とりあえず今日はちょっと暑いから、後で3人に水でもやろうと思った。
「ねぇねぇ、2人は何で埋められたの?私はイチちゃんのバストサイズを副会長のと比べようとしたら怒られちゃった」
「エェー!?何やってるのさー…ボクとマヤノは野菜残したらフジに、野菜の気持ちを知れって言われちゃってさー。全く、野菜の気持ちなんてワカンナイヨー!」
「つまり変態ちゃん…ってこと?そういうのは大人になってからじゃないとダメなんだよー?」
「いや、何歳になってもダメでしょ…」
「んんん〜!正論!ところで2人とも最近お菓子ばっかり食べてない?見た感じ体重が【微増】してるっぽいけど…」
「ヴェ?!何で頭しか見てないのに分かるのさ!?」
「ちょっと?!体重は乙女の秘密の中でもトップシークレットなんだよ?!」
(それだけほっぺたモチモチなら体重増えたんだなって誰でも分かると思うけど…黙っておこう)
───⏰───
「───とまぁ、こんな感じなので抜け出すにしても2時間程度は掛かるかと。その間は私が畑で水責m…水やりしておきますので、エアグルーヴ先輩はニシノフラワーさんと花壇の方をお願いします」
「あぁ…いや、分かった…会長とフラワーには私から伝えておくぞ…何故畑にウマ娘が、それもG1ウィナーが2人に重賞クラスが1人埋まっているかはもう考えんぞ…!」
「心中お察しします」
「お前も何故そんなに落ち着いているのだ…」
「慣れ…ですかね」
案の定私の報告を受けた副会長は頭痛が痛い様で、額に手を当て唸っている。まぁ、私も少し前までは似た様なものだったので、気の毒だが慣れてもらうしかないわね。その点で言えば、会長はやたらと変人集団に馴染むのが早かったけど…シリウスシンボリ先輩とスピードシンボリさん曰く、現役時代はライオンと呼ばれるくらい気性が荒かったらしいので、本質的に変人寄りなのかもしれない。ダジャレとか分かりづらいし。
「いやでもさ、実際イチちゃんのお母さんめちゃくちゃスタイルいいじゃん?それはもうボンキュッボンが似合うくらいには。そう考えたらイチちゃんにもその遺伝子が受け継がれてると考えるのが自然では?」
「えぇそうね。健康診断受けるたびに何かしら成長してるからその意見には何となく同意するわ。ところでアンタあの変態の同室よね?」
「おや、あたくしの事を認知してたので?いやー照れますなぁ。アイツがイチちゃんにお熱なもんだからあたくしも気になってしまいましてね…あの、ですので埋めるのだけは勘弁を…」
「ウマ娘が畑から取れるだなんて都市伝説や御伽噺の中だけだと思ってましたけど、意外とそんなんでもないんですね、エアグルーヴ先輩」
「あ、あぁ…あまり手荒な事はするなよ…?」
副会長がなぜかヤバいものを見る目で見てくるが、そんなに変な事かしら?スピカなんてしょっちゅうダートにチーム単位で犬神家してるっていうのに。無抵抗なおかげで手間なく畑に変態2号を持ってくることができた。潔いのか何なのかは分からないけど、埋められたくなければセクハラなぞするなと言いたいわ。無駄だと思うけど。しかし、変態が2匹もいるとなると、本格的にチームトレーナーに対応してもらう必要があるわね…そんなことを考えながら変態2号を変態1号の隣に植える。後は水をあげれば立派なウマ娘が収穫できるはずだ。
「ねぇ、何で埋められるウマ娘が増えてるのさ。ボクが言うのもなんだけど、よっぽど変な事しないとこうはならないと思うんだけど」
「あ、どうもトウカイテイオーさん。あたくし隣のコイツの同室兼チームメイトです。今後ともよしなに」
「同室で埋められてるからバランスがいいね〜。マヤちんはどんな感じ?私はそろそろ抜け出そうと思ってるんだけど」
「う〜ん、マヤ的にはそこで散水ホースの準備してるイチ先輩の方が気になるかな☆」
4人が和気藹々と話している姿に思わず笑みが溢れる。いくらレースでは敵同士と言えども、日常でまで剣呑とした雰囲気を出しておく必要なんてないんだし、仲がいい事はいい事ね。
「あの、イチさん?お水くれるのは嬉しいんですけどホースじゃなくてコップか何かで飲ましてもらえると嬉しいなーって…」
「え?!イチちゃんが口移しで水を飲ましてくれるって?!うおおおおお!!!生きてて良かっゔぁぼぼぼぼぼ」
「ウワーッ!変態が水責めされたー!」
「待ってイチ先輩!マヤとテイオーちゃんは何もしてないよ?!待って!本当にまっt…きゃーっ!?」
「マヤノー?!ウワー!よくもマヤノをー!許さないぞ!絶対にマヤノの仇はボクが…うわぁぁあああ!!!」
「溺れる!イチさん溺れるから助けtがばばば」
「ふぅ…いい天気ね。こんな日は畑の水やりが捗るわー」
「あの、エアグルーヴ先輩?どうして私の目を塞いでるんですか?」
「フラワー…お前はそのままでいてくれ…」
「?」